【ウガンダ】「轍(わだち)」vol.3 「平和」のカタチ~鈴鹿達二郎編〜
今年で創設から20年を迎えるテラ・ルネッサンス。20周年特別企画として、これまで海外事業・海外駐在員が歩んできた道のりを、それぞれの活動国ごとにお伝えしていきます。
今回は、テラ・ルネッサンス勤務10年、現在アフリカ事業マネージャーとして活躍する鈴鹿達二郎さんにインタビュー。南スーダン難民支援や元子ども兵社会復帰支援など、国際協力の最前線で活動する彼の「平和のカタチ」を特集します。
思い描く、平和のカタチ
ー(今津)ウガンダ事業をはじめとして、長らくテラ・ルネッサンスに携わって来られた鈴鹿さんですが、ご自身にとって、どのような状況が平和と言えるものですか?
(鈴鹿)一つの状態だったら、「世界中どの場所に行っても貧困や紛争を感じることもなく、現地の人と普通に接して、他愛のない話をして笑えるような状況」がいいなと思います。
僕自身、様々な場所に行って知らない人と接することができるのが楽しいので、貧困や紛争の背景を気にすることもなく、純粋に交流を楽しめる世界になるといいなと思います。特に子供たちが、生まれた場所の深刻な環境に影響を受けていない状況であって欲しいですし、それを目指したいなと思います。
ー素敵ですね。そのような平和を考える上で、鈴鹿さんが大事にしている価値観などはありますか?
宮沢賢治の童話『グスコーブドリの伝記』に、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という言葉があります。現代のようにグローバル化が進んだ社会で、世界が広く繋がっている状態では、世界で起きているどんな問題も、自分と無関係なものはないと考えています。貧困や紛争の問題は、必ず自分とどこかで結びついていると思いますし、その当事者の方たちが幸せになることは、僕自身が幸せになることでもあります。
カンボジアで目にした現実
ー鈴鹿さんは大学院で貝の研究をされていたようですが、国際協力を目指すことになった原体験はどのようなものでしたか?
僕は元々農学部出身で、大学院では生態学で貝の研究をしていました。国際支援の活動とは縁のない生活をしていたのですが、もっと人と関わる人生があるのではないかと考え、テラ・ルネッサンスの カンボジアのスタディーツアーに参加したのがきっかけです。
ースタディツアーに参加された当時は、どんな衝撃を受けましたか?
日本の一大学生が、カンボジアの中ではとても裕福な立場にある、という事実は衝撃でした。それまで大学生として自分が恵まれている、と感じたことはさほどなかったですが、現地に行った時に自分はいかに恵まれていたのかを感じました。
現地では、ゴミのペットボトルを拾う7・8歳くらいの子供に出会い、僕は当時その子に対して何もできていないのに、写真だけを撮ってしまいました。他にも、地雷被害者の方や、孤児院で親をなくした子たちにも会いました。物乞いの人には叫んで怒られたりもし、大きな衝撃を受けたのを覚えています。それと共に、自分自身がいかにたくさんの選択肢を持っているかを実感しました。
ーなるほど。大学院卒業後、鈴鹿さんは青年海外協力隊でタンザニアへ、その後タンザニアの日本大使館での勤務を経てテラ・ルネッサンスに入職されていますが、当時テラ・ルネッサンスを選んだ理由は何だったのでしょうか?
タンザニアの日本大使館で政府開発援助(ODA)に携わっていた時、やはり草の根で国際協力に取り組みたいと感じ、様々なNGOを調べはじめました。中でもテラ・ルネッサンス はスタディツアーに関わっていたというのもありますが、世界の問題を「根本的に」変えていこうとするアプローチは特に共感する部分がありました。
僕は、貧困にある地域に物を届けたり、お金を配るような対処療法的な支援には限界があると思っています。経済的に裕福な人が貧困層を支援し続ける形は、持続可能なものではなく、すごく歪(いびつ)なもので、どこまで継続するかもわかりません。そういうものではなく、人々の自立と自治を支えることで、問題の根本的な解決を目指す団体として、テラ・ルネッサンスはとても魅力的でした。
テラ・ルネッサンスとの歩み
ーテラ・ルネッサンスを通して心境や平和への取り組み方について、何か変化はありましたか?
まず、色々な人を巻き込んでこそ、世界の課題に立ち向かっていけるんだ、という実感を持つことができました。テラ・ルネッサンスに入る前までは、自分で事業や活動などをやってうまくいけば終わりだったたかもしれません。
しかし、本当に世界を変えていくなら、マクロな視点からいろんなセクターの人たちと協力して世界を変えていく必要があります。支援のアプローチの仕方も、草の根的な「ボトムアップ型」の支援も必要ですし、政策提言や条約の改正など「トップダウン型」の支援も必要で、相互的に動いていかないと世界は変わらないな、という思いは強くなりました。
【現地スタッフとのミーティング】
ーなるほど。そのような平和へのアプローチを模索しながら、鈴鹿さんがテラ・ルネッサンスで平和に取り組み続ける理由はなんですか?
気づけばテラ・ルネッサンスで働き出して10年が経っていました。自分で事業をやるというのも素敵だと思いますが、今は僕のビジョンと一致するテラ・ルネッサンス の一員として、自分にできることがある限りは働くという感じですね。独り行動するよりも、組織として世界平和に貢献できるのであれば、そちらの方もいいなと感じています。
もちろんテラ・ルネッサンスで働かなくても、テラ・ルネッサンスの目指すものと同じことができる場合もあります。だからこそ僕らも啓発活動を行っているのであって。僕自身はテラ・ルネッサンスにいるかどうかは関係なく、今後も方向性としては同じところに進んでいくと思います。
ー同じ理想をもった人がテラ・ルネッサンスに行き着き、ビジョンを広げていく。その流れがとても理想的な組織だなと思いました。今振り返ってみて、鈴鹿さんにとってテラ・ルネッサンスとの出会いはどのようなものでしたか?
それはもう、僕にとっては本当にラッキーなことでした。たまたま参加したスタディーツアーが地雷ゼロ宮崎さんとテラ・ルネッサンスが共同で行っていて。僕もその時たまたま宮崎にいたんです。大学院で貝を数えていなければ、その機会に出会うこともありませんでした(笑)
全て無駄なことはない、というか、いろんな過程があってラッキーなことにテラ・ルネッサンスに出会えたなと思います。実際、平和に対する考えや価値観、世界観を広げることができましたし、出会えていなければ、考えやスタンスや働く場所も今とは全く違ったのかもしれません。
平和に届くまで
ー鈴鹿さんが目指す平和のカタチから見ると、鈴鹿さんの現在地はどこら辺でしょうか?
目指すところまで言うと、5%以下、3%あればいいのでは、という達成度合いです。でも今それに向かって取り組んでいますし、平和に向かって行動してきたということもあるので、自分の満足度がそれくらいというわけではないです。
ー進んでいる感覚も伴いつつ、目指す世界の大きさがある感じですね。
そうですね、テラ・ルネッサンスで活動しながら、徐々に社会へのインパクトも広げていけていると感じています。小川さん(理事長)もよく言うのですが、世界で起きている物事を問題視したとして、「じゃあ自分は何をするのか」を考え、取り組んでいくこと。それを続けていくしかないと思っています。
ーありがとうございます。最後になるのですが、鈴鹿さんは10年後ご自身が何をしていたらいいなと思いますか?
10年後はほぼ50歳ですね。一つあるのは、農業や植林などの話を現地の人とフィールドで話している状況はすごく面白いなと思います。10年後なので、また変わっているような気もしますが、アフリカに関わり続けていると思います。
ーありがとうございました。もしかしたら貝の話をしているかもしれませんね(笑)
かもしれないですね(笑)
ー編集後記(インタビュー・執筆担当:今津)ー
皆様、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
国際協力の最先端にいる人は、どんな人なのだろうか。平和を担う人はどんな想いを持って活動しているのだろうか。そんな好奇心を持って、今回鈴鹿さんのインタビューに関わらせていただきました。
鈴鹿さんのおっしゃっていた、「紛争や貧困の当事者の幸せは、僕の幸せでもある」という言葉。アフリカというフィールドで、長らく平和に向き合ってきた鈴鹿さんの歩みの源には、”世界の問題は、きっとどこかで自分とつながっている” という強い当事者意識と、”彼らの幸せの実現を諦めない” という深い愛情がありました。
これからも、そのように平和を担う人の姿を追いかけて、自分も進んで行こうと思えた時間でした。
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インタビュー・記事執筆
啓発事業部インターン/今津 千尋
執筆協力
アフリカ事業マネージャー/鈴鹿 達二郎
啓発事業部インターン/田畑 勇樹